イースター島のモアイ像の謎?文明や住民について!

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5804374210_bbed753da4_z(Photo by Nicolas de Camaret / Easter Island Ahu Tongariki)

世界の最果てに浮かぶ島
イースター島。

 

 

イースター島といえばモアイ像が有名ですが
モアイ像をはじめとして
謎が多い島としても有名ですよね。

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イースター島のモアイ像の謎

おそらくモアイ像の存在を
知らないという人はいないでしょう。

 

 

チリのイースター島にある
巨大なモアイ像は
島におよそ1000体あると言われており
島を常に見守っている存在です。

 

 

モアイ像といえば
世界のミステリー、20世紀最大のミステリー
とも言われているものであり
謎めいた存在とも言えます。

 

 

モアイ像は平均して
大きさが3.5m、重さが20トンであり
さらに大きなものとなると
大きさが20m、重さ90トンという
かなり巨大なものとなっています。

 

 

こういった石像というのは
島の守り神というイメージがつくものですが
モアイ像に関しては
どのようにして作られたのか
何故作られたのかということは
未だわかっていません。

 

 

これほど巨大な約1000体ものモアイ像を
かつてのイースター島の住民達が作ったということは
それだけ重要な存在であったから
というようにも考えられますよね。

 

 

どのようにして作られたかという点については
一般的に、岩山から切り出した岩を掘り
それを縄などを使って運び作った
ということが言われています。

 

 

しかし岩山からの距離や
実際存在するモアイ像の重さから計算すると
かなり難しいということもわかり
ほぼ不可能に近いとも言えます。

 

 

さらに巨大なものとなれば
90トンというもの。

 

 

これほど大きなものを以上のような方法で
作り、運んだとすると
その時使用された縄の太さや強度の問題も
浮上してくるために
あくまで一般論であって
現実的ではないようですね。

 

 

今でも作り方や運び方については
研究されているようですが
中にはモアイ像が自分で歩いたという伝説
残されているようです。

 

 

次に何故作られたのかということについては
やはり祭祀目的ということが言われているものの
様々な諸説が存在しているようで
未だにハッキリとはわかっていません。

 

 

また、1840年の時には
島にあるモアイ像の全てが横に倒されていた
という謎の事件も起きています。

 

 

1774年にイギリスの探検家が
イースター島に上陸をした際には
モアイ像は全て直立した状態で
発見されていました。

 

 

何故1840年に倒されていたのか
これほど重く巨大なものを
しかも1000体という数を
全て倒すというのは簡単には生きませんし
何より目的がわかりませんよね。

 

 

未だにモアイ像に関しては
こういった謎が浮上している中で
一向にその謎が解き明かされる気配はありません。

 

 

モアイ像が何を見てきて何を語っているのか
もしかしたらそんな日が永遠にこないまま
謎に包まれる…なんてこともありえるかもしれませんね。

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文明や住民について

6691014193_26410d7607_z(Photo by Arian Zwegers / Easter Island, Rano Raraku, moais)

モアイ像の謎を解き明かすためにも
イースター島の文明や
住民についての情報
必要不可欠だと言えます。

 

 

イースター島に最初に移民がたどり着いたのは
4世紀から5世紀頃だと
考えられています。

 

 

その後7世紀~10世紀の間に
モアイ像が作られるようになったと
されていますね。

 

 

そんな中で島の人口が爆発をしていき
それに伴いモアイ像の建造のためには
大量の木材も必要となった結果
本来は緑に溢れていたとされる島も
森林伐採により森がなくなり
土地が痩せ、食料不足に陥り
さらに部族間の争いも生まれるようになりました。

 

 

その後1722年、ヨーロッパ人が到達をした際には
住民の生活というのは石器時代を思わせるようなものだったようで
モアイ像を建てた高度な技術とは裏腹に
文明は発展をしていなかったと言われています。

 

 

その後、18世紀に入り
ペルーの依頼を受けたアイルランド人やフランス人によって
島の住民は奴隷にされていき
住民は急激に減少をしていきます。

 

 

モアイ像に関しても
またイースター島の文明など
未だ謎に包まれていることが多いというのも
このような流れによって
当時のことに関する資料がほとんどない
というのも言えます。

 

 

住民が奴隷にされ
さらに外部からの伝染病によって
多くの住民が消えることとなり
言葉によって受け継がれるということも
なくなってしまったというわけですね。

 

 

実は住民が使っていたとされる絵文字の存在
発見されており
現存する24枚の資料を解読できれば
イースター島の謎が解明される可能性が
あるとされています。

 

 

しかし、こういった資料はまだたくさんあったとされるものの
かつて島に入り込んだ宣教師達によって
悪魔の文字と言われたことにより
ほとんどの資料が処分されたということ。

 

 

さらには侵略や奴隷によって
この絵文字を読める人というのが
全くいなくなったということもあり
今では絵文字を解読する術がない
ということ。

 

 

イースター島は歴史を振り返ってみると
島の中での争い
ヨーロッパからの侵略など
決して明るい歴史を築いてきたわけではなく
どちらかというと争いが多い地だったとも言えます。

 

 

それらを全て見てきたモアイ像は
島の象徴とも言えるものの
どこか悲しげな雰囲気に見える気がしますよね。

 

 

モアイ像が建ち並ぶ姿は絶景であり
どこか神秘的、ミステリアスと言えるので
イースター島に行ってみたいという人は
是非一度行ってみるといいでしょう。

 

 

もしかしたら島が持つ不思議な雰囲気や
モアイ像の無言の訴えを
聞くことができるかもしれませんね。

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